蜜林檎 *Ⅰ*
そして瞼を開けた杏の瞳を
樹は何も言わずに、じっと
見つめた。

彼の目線から逃れる事は
できない。

樹の瞳に吸い込まれ・・・

彼の手に摑まってしまった杏を
素直な想いが駆け巡る。

「どうか
 私を離さないで・・・」

杏の瞳から、また綺麗な涙が
零れた。

樹は頷き、もう一度
杏を強く抱きしめた。

彼自身、どうしてこんなにも
杏に惹かれて行くのか
分からない・・・
 
ただ、彼女の涙を見たくない

寂しい思いをさせたくない
 
ずっと年下の彼女を

俺が守ってあげたい・・・
 
そう、思うのだった。
 
こんな感情を抱くのは
あの時以来
本当に久しぶりで

樹は、年甲斐もなく
心が乱されていく。

杏の涙が、樹の閉じ込めた過去
に語りかけ情熱を呼び覚ます。
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