蜜林檎 *Ⅰ*
「アン、入るね」

ドアを開けた百合は

思わず息を呑む。

杏に声をかける事も忘れ
映し出される映像の中で
歌う男性(ヒト)を見つめた。

杏が話しかける声も

今の百合には届かない・・・
 
彼女は、真剣な眼差しで

遠い昔・・・
 
紛れも無く愛した人、そのまま
の樹の姿を見つめ大好きだった
曲に耳を傾けた。

百合の頬を涙が伝う。

『音楽で飯がくえるように
 なったら、俺と
 結婚してくれないか・・
 ずっと俺の傍にいてほしい』

『ユリ、お願いだ・・・
 聞いてくれ』

涙を流す百合に驚く杏は、百合の
手を強く握り声をかけた。

「ユリちゃん、大丈夫?」

杏の言葉と手の温もりに
我に返る百合は顔を両手で
覆った後、涙を拭う。
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