NOAH
「…レイ?」
 
女は立ち上がる。

「…レイ、アタシのこと、分かる…?」
 
ひどく弱々しい口調だった。レイはその女のすがるような瞳に申し訳ないと思いながらも、首を横に振った。

「そんなっ…」
 
女は助けを求めるような瞳で後ろにいる白衣の男を見た。白衣を着た男はレイに近づき、

「本当にこの人が分からない?」
 
と聞いてきた。レイはもう一度、しっかりと頷いた。

「自分の名前は分かる?」

「レイ……だと、思う」

「友達とか、兄弟とか、親の名前は?」

「……」
 
考えてみてもまったく浮かんでこない。軽く首を振る。

白衣の男は軽くため息をついて、何か言葉を発した。その言葉が聞き取れない。

しかし、男が言葉を発してから、目の前にいる女の顔はみるみる蒼白になり、後ろにいた茶髪の女や、黒髪の少女も顔を曇らせた。

(…何?)

何を言われているのか解らなくて、不安になる。それに気付いたのか、目の前の女がゆっくりとした口調で訊ねてきた。

「本当に……解らないのね?」

「…はい」

小さく返事をする。

「…記憶を…失ってしまったのね?」

「え……」

(記憶喪失?)

そう言われて、少し考えてみる。
 
……確かにそうだ。自分の名前以外、何も分からない。まったく思い出せない…。

「ねえレイ、本当に何も分からない? アタシよ、ヒオウよ、分からない?」

「……」
 
レイは首を振る。

「何か、何かない? 覚えていること!」

「覚えていること…」
 
ゆっくりと頭を巡らせる。
 
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