NOAH
黎は外に出ると、早足に緩やかな坂道を登っていった。
 
当てがあったわけではなく、ただこちらに足が向いたのだ。そして、行き着いたのは──大きな川が見渡せる、小さな公園だった。
 
少し肌寒い風が優しく、絶え間なく体の横を通り過ぎていく。
 
二年前、ここに来た時。
 
乃亜に連れられて初めてこの景色を見た時。
 
あの時は何も解らなくて…。見るもの全てが新しく、輝いて見えた。この景色も、傍らで笑っていた乃亜も。
 
でも今は──。
 
ただ、辛いばかり。


「黎、いた!」
 
息を切らして陽央がやってきた。

「良かった、ここにいたのね。もう、心配したじゃない」
 
優しい口調だ。記憶が戻ったのを知っているから、気を遣っているのだ。

「…黎? …記憶、戻ったのよね?」
 
顔を覗き込むように言う。黎はそれから逃げるように顔を背けた。

「ああ…」

「そう…。ねえ、黎。今は辛いでしょうけど、少し時間が経てば、少しは楽になるわよ…」
 
その言葉に、黎は陽央を睨み付けた。

< 178 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop