NOAH
「また来るから!」

「来るな!」

「来るっ!」
 
負けずに言い返す乃亜だが……その目には、うっすらと涙が浮かんできた。

それを見て、黎は顔をしかめる。

「うっとうしいんだよ! はっきり言わねえと分かんねえのかよ!」

「分かってるよ! だけど、早く黎に元気になって欲しいからっ…」

「…お前が元気になって欲しいのは、“櫻井黎”だろ!?」

「えっ…?」
 
意外な言葉に、乃亜は一瞬言葉を失う。

「お前が心配してるのは櫻井黎であって、俺じゃねえ。悪いが“レイ”はもういない。だから、もう俺に関わるな。いい迷惑だ」
 
乃亜は、しばらく立ち尽くした。


櫻井黎という人物は。

赤ちゃんみたいに素直で。

天使のような笑顔で笑う。

少し釣り目の鋭い瞳を、弓の様に細めて、優しい声で名前を呼んでくれる。『乃亜』、と。


でもそれは記憶を失った状態だったからで。

元々の“レイ”とは別人のように違うものだった……。

 
黎はもういない?
 
この人は、別人? 
 
私は──。
 

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