NOAH
(昔は良かったよな)
 
記憶がなかった頃は、酷く素直な人間だった。
 
それが自分のなりたかった人物像だからだろうか。
 
あの時の自分だったなら、素直に「寂しい」と言え、笑顔で「行ってらっしゃい」と言えただろうに。

「…ま、頑張って来いよ」
 
それだけ言うと、黎は立ち上がってリビングを出て行こうとした。

「ありがとう。あんたも皆に迷惑かけないで、ちゃんと勉強するのよ」

「分かってるよ」
 
面倒くさそうに答えると、陽央はポン、と軽く頭を叩いてきた。

「寂しくても泣かないでね」

「…誰が」
 
ぶすっとしてそう応え、自室へと向かった。
 
何だか心を見透かされたようでバツが悪い…。



部屋に入ると、机の上に乱雑に置かれていた書物の整理を始めた。

それらは植物や環境問題に関するものばかり。
 
すぐにそれらの研究を始めても良かったのだが、黎は大学進学を決めた。

研究に没頭する前に、もう少し同年代の人間と触れ合ってみたいと思ったからだ。
 
記憶を取り戻してからしばらくして、復学した黎を見て、クラスメイト達はかなり戸惑ったようだ。

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