NOAH
それを聞いても、悲しみや不安だという感情が沸いてこなかった。

レイにはまるで雲の上の話で、それが本当に自分の身に起こったことだという実感がない。
 
けれど、もし本当にヒオウ以外の何もかもを失ったのだとしたら。今頃、自分は泣き叫んだり、パニックに陥ったりしなくてはならないのだろうか。

…そう思うと、何の感情も持てない自分が、ひどく冷徹な人間に思えてきた。

「…ごめん」
 
気が付いたら、ヒオウに謝っていた。

「なあに、どうしたの?」

「きっと……辛いことがたくさんあったんだよね。でも、何も覚えてなくて……大切な人のこととか、全然、思い出せなくて……ごめんなさい……」
 
あまり表情に変化はないが、その面差しには明らかに悲しみが浮かんでいた。

「レイが謝ることはないわ。記憶をなくしたのはあなたのせいじゃないもの」
 
丸椅子から立ち上がり、ベッドに腰を下ろしてヒオウは言った。

「確かに、リトゥナのみんなのことを忘れてしまったのは悲しいことだけれど、でも、記憶をなくしたのは、みんながあなたに『過去に捕らわれないで前をしっかり見て生きていきなさい』ってことを伝えたかったからなのかもしれないって思うの」

「……でも」
 
反論しようとするレイを押さえつけ、ヒオウは明るく言った。

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