NOAH

午後五時四十分。
 
櫻井医院の若き院長、櫻井聖<ひじり>は椅子に座りながら大きく伸びをした。
 
まだ診療時間は終わっていないのだが、この大雨のせいか、待合室には人一人いなかった。窓の外を見ればそれは一目瞭然。
 
台風とさほど変わらない暴風雨の中、外に出るにはかなり勇気がいる。よほどの重症でもなければ家でおとなしくしていよう、ということなのだろう。
 
患者も少ないし、この嵐なので、つい先程2人いる看護師を帰したところだった。
 
診療時間が終わるまで後20分弱。もう患者は来ないだろう……と、かけていた眼鏡をはずし、もう一度伸びをして椅子から立ち上がった。
 
すると、そこに彼の妻である李苑<りえん>が現れた。

「お疲れ様。やっぱり患者さん少なかったわね」

「ああ、この嵐じゃあな…。もう今日は来ないかもな」
 
と、窓の外に目をやる。雨足は先程からどんどん強くなっている。風は恐ろしいくらいに強く、窓ガラスがガタガタと激しく音をたてた。

「お掃除しちゃいましょうか?」

「そうだな…。じゃあモップだけかけてくれるか? 機械類はそのままでいいから」

「はい、分かりました」
 
李苑は奥にある掃除用具入れからモップを取り出し、長い髪を揺らしながら掃除を始めた。

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