NOAH
「雛は寝たのか?」
 
机の上を整理しながら、まだ生まれて間もない娘のことを聞いてみる。

「ええ、ミルクを飲んでぐっすりよ」
 
掃除をしている手は止めずに、李苑は答える。

「じゃあ、起きたら遊んでやろうか」
 
綺麗に整った顔を僅かに歪め、聖は言った。その言葉に、李苑は「ふふっ」と短く笑う。
 
この小さな医院で幸せに暮らす三人家族。近所でも評判の美男美女夫婦と、二人の間に生まれたかわいい娘。
 
何事もなく平和に暮らしていたこの家族に、これから大変な事態が待ち受けていようとは誰が予想しただろうか…。

 
バタン! と激しく扉の開く音がして、聖と李苑は入り口の方に目をやった。

「あら、患者さんだわ」
 
李苑は素早くモップを影に隠す。そうする間に、患者だと思われた人物は診察室に飛び込んできた。

「大変っ、聖さんっ!」
 
飛び込んできたのは、頭から足までびしょ濡れになった、隣の家の女子中学生。

「乃亜ちゃん、どうしたんだ?」

「人が……男の子が、倒れてるのっ」
 
そう叫ぶ乃亜の白いセーラー服には、僅かに血がついていた。

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