凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
「ふん、当たり前か……」
男は小さく自嘲の笑いを漏らす。
「なんせ、この文……お前が書いたのだからな」
「っ」
「娘を上手く屯所から連れ出せたまでは良いものの、お前が残したこの文と逃げ遅れた愚者たちのせいで、せっかくの計画が台無しよ」
淡々と、淡々と男は用意された台詞でも読み上げるかのように話す。
「答えよ、鞠。私の命に背きまでして、何故このような余計な真似をしたのだ」
より鋭利になった瞳と無感情なまでの声色に、鞠千代の足元には気負けしそうなほどの威圧感が絡みつく。
――やっぱり、全部知ってるんだ。このお方は……騙せないのか。
表情は微塵も変えないものの、鞠千代の背にはつーと冷や汗が伝い、心は焦っていることを自覚する。
返答に迷っていると、鞠千代の脳内には次々と朔の姿が浮かんでいく。
――『お願いですっ、私を助けてください!!』
泣き腫らした目。必死の形相。
――『うん……こっちこそ、よろしくね』
事実上は和睦した際、初めて目にした笑み。ぎこちないけれど、泣いてばかりだった彼女がようやく見せた笑顔。
――なんでだろ?あたし、なんで助けたんだろう?あたしが、あの子を助けた理由は……