凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
狂ったように美しい輝きを放つ満月。闇に白っぽく浮かび上がる桜。
その神秘的な光景を目にし、頬を一筋の涙が伝い落ちる。吹いた夜風がすぐにその涙を乾かした。
「もう、疲れた。私…疲れちゃったよ」
制服が汚れるのも気にせず、地面に座り込む。
「食べるんでしょ…?人間を、食べるんでしょっ…?!」
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、桜を睨みつけ叫ぶ。
「食べてよ、私を…。誰からも必要とされないんだから、食べればいいじゃない!!私が消えたって、誰も困らないから……」
自分で口にした言葉の虚しさに、涙が溢れた。
この涙を拭ってくれる人なんていない。気休めの言葉をくれる人もいない。いないんだ、誰も。私を助けてくれる人なんて、どこにも…。
両手で顔を覆い、呟く―――
「…もう、生きたくない……」
―――その刹那、突如として風が吹荒れ、私の周りの地面に溜まっていた花びらがふわっと宙を舞う。同時に、桜の樹が強烈な光を放った。
「っな、なんなの…?!」
眩しすぎて目を開けていられない。
座ったまま一歩も動いていないのに、桜がこっちへ近づいてくるような、吸い込まれそうな感覚が全身を支配する。目を閉じていても眩しいと感じる。それほど強い光。
―――その桜は満月の日に、人を喰う。
桜が一層強い光を放った後、風がぴたりと止んだ。多数の花びらがまた地面へと還っていく。
消えることを願った少女の姿は、跡形もなく―――消えていた。