凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
「お前、なんであの小娘を斬らなかった?」
「さぁ…?なんででしょうね」
「惚けんじゃねぇ。真面目に答えろ」
男が眼光を更に鋭いものへと変化させた。青年の口許から笑みが消える。
だが、決して怯んだというわけではない。わからなかったのだ。何故あの少女を斬れなかったのか…。それは青年自身にもわからないことだった。
少しの間を置き、青年は男からやや視線をずらし、口を開く。
「私も、人質となったあの子ごと男を斬ろうとしたんですけどね…。多分、反応した男が動いたせいで軌道がずれたみたいで。だから、」
「〝男の腕しか斬れなかった〟……本当に、そうか?」
青年の本心を探ろうとしているかのように、男はもう一度尋ねた。
それに対し青年は困ったように笑い、
「土方さん。どうだっていいじゃないですか?娘一人の生死にそこまでこだわらなくても」
立ち上がり、障子へと歩いていく。
「〝アレ〟を追って、偶然入った邸に長人が潜伏していた。そして、私たちは彼らを処分したんです……っていっても、ほとんどアレに殺られてたけど。十分なお手柄じゃないですか?奴らの目的を探るため、一人くらい生け捕りにしたって罰は当たりませんよ」
青年は障子を開き、廊下へ出ると中の二人を振り返り
「安心して下さい…?少しでもおかしな真似をしたら、始末し損なった僕が……あの子を殺しますから」
とても綺麗に笑ってみせた。