凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
沖田さんの思いもよらない発言のお陰で少しずつ少しずつ、場の状況が私に有利に流れつつある。
私は不安と期待、そして絶望と希望が入り混じったような微妙な表情を浮かべ、眼前のやり取りを見つめていた。このままいけば誤解も解けて、命も助かるかもしれない。胸に再び差し込んだ希望の光。
でもね、
「ふむ…。彼女は記憶をなくしている、と。そう考えれば納得できないことも、」
「あるわけねぇだろ、山南さんよ」
人生、そうは思うように事が運ばないことを、私は嫌というほど知っているよ。
「記憶をなくしてるなんざ、都合がよすぎんだろ?服装や容姿…こいつにはおかしな点が多すぎる。そうは思わねぇか?近藤さん」
依然として疑いの眼差しを向けたまま、土方さんは自分の左隣、三人の内真ん中に座し、私がこの部屋へ足を踏み入れたときから腕を組みどっしりと構え、今まで黙って話を聞いていた薄雲鼠(ウスクモネズ)の着物に黒紅(クロベニ)の上掛けを羽織った男性の名を呼んだ。
新撰組局長、近藤勇の名を。
大柄で男らしい精悍な顔つき、その瞳は力強い。両脇に並ぶ土方さんや山南さんとは纏う空気がちがう。決して荒々しいわけじゃない、ただ単にやさしさに満ちているというだけでもない。やさしさと、厳しさを併せ持ったような人。
この人があの有名な近藤勇……。
何故か鳥肌が立った。歴史にその名を刻むことを、今のこの人は想像できるんだろうか。