凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
━壱━
花は誘う
―――2010年、某高校内
「―――さい。起きなさい、綾瀬(アヤセ)さん」
「っ、」
その声で私は目を覚ます。
机上に頭を乗せ、眠っていた私――綾瀬朔の頭を丸められたプリントで叩いたのは社会科教諭である伊藤先生。
あ、いけない。居眠りしてたんだ。
「後もう少しで授業は終わりですよ」
その穏やかな声に目を覚まし慌てて頭を上げると、くすくすと笑いながら自分に視線を注ぐクラスメートたちの姿が。
「さ、頑張って起きていましょう」
「すみません…」
私は軽く頭を下げる。先生は一番後ろに位置する私の席から教卓へと戻っていった。
また、この夢。最近毎晩のように見る、人喰い桜の夢だ。
人喰い桜。
その噂を初めて耳にしたのは、まだ小さかった頃。近所に住んでいた、よく遊んでくれていた少年から聞かされたんだ。私の住む住宅街の近くにある小高い丘。そこにある、樹齢三百年程の大きな桜の木。それが人喰い桜。
満月の日にその桜に近づくと、喰われてしまう…。
ここら辺じゃ有名な話。でも所詮噂で済んでいた。あの事件が、起きるまでは。
私がこの話を聞いた数日後、少年は消えた。あの桜の下で遊ぶ姿を母親が目撃している。ほんの少し、ほんの少しだけ目を離した隙に―――少年は、消えた。
桜に、喰われた。