凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
「悪ぃが取り込み中……長束、そいつは?」
土方が怪訝な面持ちでそう訊くと隊士である青年―――長束八尋(ナツカヤヒロ)は一礼し、手を後ろ手に縛られている男の背を蹴り室内へと押しやった。
「うわ、ひっどーい」
「邪魔だ」
茶化す鞠千代を一瞥し、長束は自らも入室する。
「不審な男を発見しましたのでご報告に」
長束は正座し、蹴り入れた男をちらりと見る。男は恨めしそうな目でこちらを見ていた。
「確かに…見ねぇ顔だな」
「はい、現在屯所内にいる者に確認したところ、隊士の中にこの男を知っている者はおりませんでした」
それを聞いた土方は男へと近づき、刃物のような眼差しで男を見下ろす。
「おめぇ、何者だ?名乗れ」
しかし男は怯むどころか、厭らしく笑う。
「ッは、それでおとなしくほいほい名乗ると思うか?」
「お前、言葉が通じないのか」
「ぐわっ!」
男が笑い声交じりにそう零した次の瞬間、横に座る長束が容赦なく男の横腹を殴った。
「副長は名乗れ、と言った。それ以外の言葉を話すな」
「よせ、長束」
苦痛に顔を歪める男に冷ややかな目を向ける長束を窘(タシナ)め、土方は男に問いかける。
「もう一度聞くぞ。お前は何者だ?なんで屯所内にいた?」
――あの小娘の仲間の可能性も十分あり得る。あの野郎…手引きしやがったってのか?
心中だけでそう吐き、男を睨む。すると男は下唇を噛み締め、覚悟したような真剣な目付きで言った。