凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
あの日から十年以上経ち、私は17歳になった。あの少年と遊んだことは今でもよく覚えてる。でも…顔も名前も、何故だか思い出せない。そこの部分だけ、記憶を綺麗に切り取ったみたいに。
この夢を見た後、決まって思う。
あれは、誰?
「さて、続きに戻って。新撰組の話でしたね」
教卓を挟んで生徒を見回す先生。
「この前ドラマにもなってましたが、彼らはすごいですね。幕臣たちが恐れ慄(オノノ)く中、お国のため、お上のため……僅かな恩顧しか受けていなかったにも関わらず、彼らは命懸けで戦ったのです。素晴らしい生き方ですねぇ」
自身も新撰組が好きなのか、先生はにこにこしながら続ける。
「局長の近藤勇(コンドウイサミ)、鬼の副長といわれた土方歳三(ヒジカタトシゾウ)。そして局中第一等の剣客と称された沖田総司(オキタソウジ)。この三人は特に有名ですね」
「先生ぇー」
一人の女生徒が手を挙げた。先生同様にきらきらした瞳。あの子も新撰組が好きなのだろう。
「土方さんと沖田総司は、ほんとにイケメンだったんですかー?」
「うーん、確かに、土方や沖田、原田に藤堂は美男子だったと伝えられてますね。美男五人衆と呼ばれる人たちもいたんですよ」
「えぇえっ、何それー!」
どっと笑いに包まれる室内。
「土方に関しては親戚に〝モテ過ぎて困る〟という旨の文を送っていたとか。いやーなんとも羨ましい話だ。しかし沖田は〝ヒラメのような顔〟という記述もあるそうですね」
「あははっ!ナルシストとヒラメ顔だってぇ!!」
またまた巻き起こる笑いの渦。
でも、私だけは、この明るい空気に馴染めていなかった。
くだらない、としか思えない。ただ人殺してるだけじゃない。その何が素晴らしいんだか。一生懸命生きたら、何かいいことでもあるというの?
……ないよ、全然。いいことなんて、何一つない。
まだ盛り上り続ける生徒たちをよそに、頬杖をついた私は冷めた目でずっと黒板を眺めていた。