凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
「よかった、間に合いましたか」
地に伏している男たちを見回し、軽く呼吸を整えてから青年は安堵したように零す。
「あぁ、お前もご苦労だった。長束」
「さすがですね、斎藤先生」
長束くんはきらきらした眼差しを斎藤さんへ向ける。尊敬してるみたいだ。すると、腰を抜かし座り込む私を視界へ招いた途端、一瞬……一瞬だけ驚愕したように、或いは怯えでもしたかのように瞳の色を震えさせた。
今の目は、何?やっぱりこの時代の人からすれば、私が異質なせい?
「これが、例の間者の…娘ですか?」
表情を険しいものへと塗り替えた長束くんは私に冷ややかな視線を注ぐ。
「そっ。君の迅速な行動のお陰で、幸か不幸か間一髪のところで命拾いした子だよ、八尋」
「…嫌味に聞こえなくもない台詞ですね」
どこか刺々しい言葉を口にし笑う沖田さんに長束くんは不服そうに眉を寄せた。八尋っていうのは、下の名前みたいだ。
カサカサ。笹を踏む音にハッとする。斎藤さんは無言で踵を返し、元来た道を戻ってゆく。
「あれ、一くん。どこ行くの?」
「まだ巡察が残っている」
それに気付いた沖田さんが不思議そうに訊くと、斎藤さんは道の途中で首だけを振り向かせた。
「その娘を連れ、早く屯所へ戻れ」
素っ気無く言い、再び体を前へ戻す。
「……軽率な行動は、命取りになり兼ねない。肝に命じておけ」
意味深な一言を残し、その姿は闇に吸い込まれるように消えた。
果たして、その言葉は誰へ向けてのものであったのか。
「さて、それじゃ私たちも帰りますか」
「ああ。一刻も早く、戻るぞ」
沖田さんたちの何気ないやり取りに忘れかけていた現実が戻ってきた。
この人たちは私を助けに来たんじゃ、ない。捕まえに来たんだ。また、あそこへ連れ戻される……。