凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
「大丈夫?けど、よかったね。逃げ遅れた馬鹿たちがいて。やつらが逃走は君の独断じゃないって、証明してくれたんだから」
涙の膜の向こう、潤んだ世界。くすり、彼の唇が緩く弧を描く。
「あいつらがいなきゃ、僕は―――迷わず君を斬ってた」
「っ」
何の躊躇も遠慮もなく空中に放たれた言葉。
この時代へ来て、幾度となく吐かれた言葉。それらに溜まっていた様々なモノが一気に爆発し、私はキッと彼を睨みつけた。
「いい加減にして……」
「どうしたの?いきなりそんな怖い目して」
口では尋ねているものの、彼がその理由に確実に気付いているのは表情から読み取っても明らかで。私の苛立ちを煽るだけ。
「なんで、なんでッ……あなたたちなんかに、私の命を弄ばれなきゃいけないの!!」
ここへ来てから何も口にしていない。カラカラに乾いた喉から、声を絞り出す。
「斬るとか、殺されたくなかったらとか、勝手なことばかり言わないで!!」
時代が時代なのはわかっている。でも、仕方ないの一言で全て納得して丸く納まるほど単純には出来ていないのが人の心というものでしょう。論理で片付くほど、簡単じゃない。
「勝手なことって心外だなぁ。私たちはわざわざ事前に警告してあげてるだけだよ?君の行動次第で、命はない、ってね……」
くすくすと笑い続けていた彼だけど、その笑みの色を徐々に薄めつつ、瞳を冷淡に細める。
「それに、君はこんな私たちに命を救われた。これは事実だ」
そう、確かに。それは紛れもない事実。否定しようとは思わない。けれど―――
「殺すって言ったかと思えば、助けてくれたり、助けたかと思えば、斬るって言ったり……一体、どれが本音なのよ?!」
心に湧き上がってきたのは、助けてもらったことへの感謝よりも激しい怒りと悲嘆。もちろん全部が全部彼のせいじゃないことくらい十分に理解してる。こんなの単なる八つ当たりでしかない。それでも、希望をチラつかせながらも与えられるのは絶望という、この理不尽な状況に、私の唇は勝手に心情を紡ぎ出していった。