凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━
全ての時が静止したかのように、一瞬、静寂が二人を包み込んだ。
「あれ、どうしたの?君の願いを叶えてあげるんだよ、もっと嬉しそうに笑ったら?」
痴(オコ)がましいとしか感じられない親切を投げつけ、薄く嗤う。
私は瞬きもせず、見開いた瞳に彼を写す。この状況を飲み込めず、頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。〝嗚呼……またか〟もう一人の自分が頭の片隅で冷静に呟く。
「……きる、の…?」
暫しの沈黙の後、零れでたのは乾き、掠れた声。顔の筋肉が緊張で固まってしまったのか、上手くしゃべることさえ困難だ。
「何で?命乞いでもする?」
「……。」
「言わせてもらうけどさ、自ら死ぬためについて行った人が命乞いするなんて、変な話じゃない?」
急に口調が厳しいものへと変わる。平田に手引きされ、屯所を抜け出したことを指してるんだ。
「……でもッ、あれは罠って気づかなくて、」
「でもじゃない!!」
刃物以上に鋭利な声色に肩をビクつかせた。目尻に溜まっていた涙がつーっと頬を伝い落ちる。
「怪しいと思わなかったの?ただの平隊士が、土方さんの命に背いてまでして間者と疑われている者を助けるなんて有り得ないことだ。況(マ)してや、朝敵の長州間者をなんて……。なのに、なんでそんなやつを信用してのこのこ後をついていったんだ?!」
何故か苛立った様子の彼は早口で捲し立てる。
「だって!ここにいたらッ……殺され、」
「一体誰がはっきり君を殺すなんて言った?今朝も僕が勝手にふざけてただけで、近藤さんも土方さんも君を殺すなんて一言も言ってない!!抜刀だってしていない。あんな不審なやつらについて行った方が、よっぽど殺される危険が高まるに決まってるだろ?!!」
「ッ?!」
それはまるで、私の身を案じているかのようで。
ここで初めて、彼が怒りだした本当の理由に気づく。
ねぇ、勘違いかもしれないけど、都合のいい解釈かもしれないけど、あなたは……。