夏の幻
入り口の湿っぽい暗い雰囲気の場所を通りすぎれば、すぐに夏の青空が顔を出した。
民家はほとんどなく古ぼけた廃屋や潰れた町工場の様なものが時々目につき、なるほどこれが薄気味悪さを醸し出しているのだろう。
でも実際自転車を漕いでいたらそれ程気になることもなく、それどころかさっきまでの直射日光を避けることができるこの裏道を俺は心底気に入りだしていた。
軽くなった気がするペダルを右、左と漕ぎ進め、誰も知らない秘密のオアシスを見つけた気分に浸る。
俺の髪の毛を夏の風が掬い上げた。
─…チリン
…俺は思わずブレーキをかけた。
気持ちよくスピードをあげていたので思わず前のめりになる。
それは初め、夏の風物詩である風鈴の様に聞こえた。
でも二度目を聞いた時、それは風鈴とは違うどこか聞きなれた音だと感じた。
─…チリン
そう、よく隣の家が飼っている猫が家の庭に侵入してきた時の音。
またかと思いつつも、その音が鳴るとミルクを用意してしまう。
…それは、鈴の音だった。