~秘メゴト~
 黒い半袖のTシャツに、グレイの細身のジーンズに着替えた先輩は、学校での近寄り難い雰囲気が幾分和らぎ、もう胸がきゅんとなるような恰好良さだった。

 …惚れた弱みってやつ?


「なに突っ立ってんの。座ってればよかったのに」


 笑いを含んだ流し眼をいただき、私は軽い眩暈をおぼえた。ステキ過ぎて。


「な、なんか落ち着かなくて」

「ああ、解るよ。俺も落ち着かないんだよな」

「え?」

「自分ん家なのにオカシイ? けど、いつも他人が掃除してってくれてるからか、何処か他人行儀な部屋なんだよ」

「……まつ」


 松本さんが、お掃除に来てるんですか?


 私はもう少しで口から飛び出しそうになったこの不吉な疑問を、なんとか飲み込んだ。


「ん。なに?」


 私の手から買い物袋を取り上げて歩き出していた先輩が、少し振り返って首を傾げた。


「あ…いえ。……とても綺麗好きな方なんですね」


 我ながら、ちょっと厭味な言い方だったかと、云った瞬間に後悔した。


 先輩は立ち止まり、ゆっくりと私に向き直った。

 その表情は美しい彫像のようで、私にはどんな感情読み取れない。


「ごっごめんなさい。わ、私お掃除苦手だから、なんか羨ましくて」


 胸のなかの醜い嫉妬をなんとか気取られまいと、焦って弁解じみた台詞になってしまう。


 先輩は無表情のまま、私の方へつかつかと歩み寄ってきて。


 ちゅっ、と、いきなり私の頬にキスをした。




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