~秘メゴト~
 あまりのことにびっくりしすぎて、私は先輩を見詰めたまま固まってしまった。

 今先輩にキスされた頬が熱く火照る。

 震える手の感触が冷たい。


「……家政婦だよ。親父が勝手に頼んでったんだ。俺一人残して、今海外赴任中だから」


 私は未だ頬に手を当てながら、先輩の伏せた眼の長い睫毛をぼうっと眺めていた。


 少し間をおいて、先輩は目を上げ、にやっと悪戯っぽく笑って云った。


「松本が来て掃除してると思った?」


 さっきの私の失言を彼はやはり聞き逃さず、しかも的確に推測してのけた。

 …もうっ、アタマいい人ってキライ。

 私は益々りんごのように真っ赤になるのを感じながら、恥ずかしくて俯いてしまう。


 すると、先輩は人差し指でついっと私の顎を上向かせると、再び優しいキスを落とした。

 今度は口唇に。


「…ここへ連れて来たのはアンタが初めてだよ」


 そう云って彼は、ふんわりと花が開くように微笑んでくれた。


 ロシアンブルーのような不思議に移り行く光をたたえた瞳は、真っ直ぐ私を捉えて離さなかった。



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