~秘メゴト~
 今日も先輩に送られ、家路に着く。

 先輩とは、ぽつりぽつりと会話をする。

 主に部活について。

 先輩は口数は少ないけれど、面白みのない人ではなかった。

 時々、笑い話もしてくれる。

 そのときにちらっと覗く八重歯が、とても可愛い。

 先輩は動物好きで、向こうからも好かれる。

 よくお散歩中のわんこが、飼い主さんの制止を振り切って、先輩に向かって突撃してくる。

 そんな時は凄く自然に笑っていて、やっぱり八重歯が可愛いんだ。

 優しい眼差しを注がれ、なでなでされるわんこや野良ネコに、私は少し妬いてしまう。

 私もなでなで、されてみたいなぁ…なんて。

 こんなこと口に出しちゃったら、ぼそっと『…あほ』とか云われて冷たい視線を投げられるんだ。


 そんな限りなくそっけない彼だけれど。


 先輩と肩を並べられるこのひとときは、私にとっては幸せ過ぎる時間。


 でもでも。


 あの格技場での出来事がなければ、この幸せなひとときはなかった訳で。

 きっと、先輩にとっては苦しいひとときなんだと思う。



 そんなの、ダメだよ。

 大好きな人を苦しめるなんて駄目。


 だから、私から終わりにしてあげるね。



 ―…終わりにするから。


 あとほんの少しだけ、傍に居させてください。



 あとほんの少しだけ…。


 我が儘を許して。




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