翡翠の悪魔~クライシス・ゾーン~
「リュート! 買い出し終わったよ。仕事見つかった?」


 歌うように朗らかな声が寂れた店内に響く。声音と同じく弾んだ足取りで一人の乙女が青年に駆けよってきた。
 鋭い眼つきが心なしかやわらかくなる。


「ティリス」


 と呼ばれたその乙女に、マスターは目を見張った。
 背中まで真っ直ぐ伸びた髪はよく晴れた日を思わせる


──空色。


 そもそも純粋な青は自然界でめったにない色彩。
特にこの明るい色は、人が持つ髪色としては最も稀有(けう)な突然変異でしか生まれないものだ。

 だが、そんな驚きはあえて口に出さず、青年のかたわらに腰かけた乙女に笑いかける。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。なんにする?」

「お前はジュースにしろ」

「わかってるよ。──オレンジ!」


 酒と男臭い店内に花が咲いた。
それは可憐な野の花ではなく、大輪の美しい薔薇でもなく、太陽に咲く元気ハツラツとした花だった。


「兄ちゃん、可愛い彼女だねぇ。いや、もしや嫁さんか?」

「……ただの連れだ」


 またジロリとにらまれた。

 青年のそっけない言葉に、となりの元気な花が途端にしおれる。

 マスターはグラスに搾(しぼ)るオレンジから、遠い昔に忘れた青春の甘酸っぱい香りを感じて頬がゆるんだ。
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