バックネット裏の恋
石黒鼓太郎、二十八歳。担当教科は社会で、ソフトボール部の顧問も務める教師。
皆は親しみを込めて彼を下の名前で呼んでいた。
もちろん、学校にいる時は他の先生方の目もあるので鼓太郎の要望で「先生」は付けて呼んでいたが、授業が終わると気にせず鼓太郎と呼んでいた。
鼓太郎は三年間私たちのクラスの副担任だった。
そんな彼は女子高ではちょっとした人気者で、彼を気に入っている生徒は私の知っている限りで同学年に三人はいた。
その中の一人があの恵美ちゃんだった。
恵美ちゃんは高校に入学してすぐに副担任である鼓太郎に一目惚れし、速攻アタックを開始した。その頃、恵美ちゃんとはまだ恋愛の話などをする機会もなく、私はいつも由貴づてに恵美ちゃんの話を聞いていた。
恵美ちゃんは華道部に所属していて活動は週に二回、それ以外の日は放課後のホームルームが終わるといちばんに教室をあとにしていた。
私や由貴は部活動の準備があり、教室でジャージに着替えてから移動する。
「恵美ちゃん、今日これから鼓太郎のアパートに行くらしいよ」
「マンションって、住所知ってるの?」
「アドレス帳持参で鼓太郎本人に聞いたらしいよ」
「でも、鼓太郎すぐに帰らないよ、部活あるし」
「待ってるんだって、マンションの近くで」
「約束してるんだ」
「さあね、押しかけじゃない?」
恵美ちゃんの本気モードに私たちは感心していた。
でも、鼓太郎の気持ちはどうなのか、その時は誰も知らなかった。
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