祈り   〜「俺とキスしてみない?」番外編〜
俺は、母が笑ったところを、見た覚えが、ほとんどなかった。


俺が物心ついた頃には、母は1日のほとんどをベッドの上で過ごしていた。

元々あまり丈夫でなかったらしいのだけど、嫁いでからは益々病がちになったと、誰かに聞いた。

今思えば、俺が浴びせられていたのと大差ない、もしかしたらそれ以上の言葉の暴力を、受けていたのかもしれない。

あの女……母の、夫の実母、つまり、俺の祖母に。


体と同じく、繊細な母の神経は、深い傷を負い、やがて体をも蝕んだのだろう。

俺が、母の笑顔を見た最後は、多分3歳くらいの時だと思う。

消えてしまいそうな、儚い、笑顔。

まるでこの世のものとは思えぬほど、綺麗で。

そして、囁くような、静かで、でも、優しい声で。




「うみと……大好きよ……
 私の……かわいい海斗。
 ……どうか、あなたが、
 愛する人に巡り逢えますように…………」





……それが、母の笑顔を見た、声を聞いた、最期、だった。





< 2 / 10 >

この作品をシェア

pagetop