君が手を延ばす先に
空白
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小さい頃からピアノと歌を習っていて、音に触れることが楽しくて仕方がなかった。
将来の夢を聞かれると必ず、歌手だって答えていた記憶がある。
高校に入ったと同時に辞めてしまったけれど、音楽に対する思いは歳を重ねても変わっていかった。
いつも歌うたびに、綺麗な声だねって褒めてくれた彼の言葉が何よりも嬉しくて。
やがて本気で歌手を目指すようになり、夢は目標へと変わっていった。
こっちに来てからは、一度も歌ったことがない。
歌おうとすると、ピアノに触れると貴方のことで胸がいっぱいになった。
そして思い出すのは、あの時の記憶。真っ暗な中聞こえたのは、私を呼ぶ叫び声、車のクラクション。
静かに第三音楽室を立ち去るのが精一杯だった。
音楽もやる気になれない、バイトも部活もしていない暇人な私。
唯一日課となっているのは、テニス部の練習を眺めることだった。
とはいえコート周辺は騒がしく落ち着いて見れないので、少し遠いけれど屋上でひっそりと。
ねぇ、灯也。
あなたは笑ってたね。こんなテニス有り得ないって。
だけど、観てみたいとも言ってた。
私今、観てるよ。
生で、現実で。あなたが観たがってたテニス部の練習を。
こうして観てると、やっぱりあなたのテニスをする姿が思い浮かび上がる。
汗を散らして、ひたすら勝ちを見据えたぎらついた瞳。
好きだった。テニスが好きな貴方が。
今何してる?やっぱりテニス?