蝕む月と甘い蜜
この時初めて女性の顔を
正面からきちんと見た。
均整のとれた顔は
どちらかというと綺麗な部類に
入るつくりで、ぱっちりとした
黒い瞳はファインダーを
覗くようにまっすぐ迷いなく
自分を見ている。
「そう思わない?」
首を傾げた女性がクルリと
身体の向きを反転させた。
欄干に凭れて覗きこむように
櫂斗を見る。
「あいにく僕はあまり外を
出歩かないんでね」
「へぇ、もったいない。
今日と同じ日はもう二度と
来ないのに。でも、
東條カンパニーの重役さんなら
仕方ないのかしらね」
目を丸くした櫂斗のブレザーの
襟に付けた社章のバッチを
彼女は指で示す。
あぁ、と櫂斗は納得した。
見慣れている自分には
何ともないものだが
ブランドマークともいえる
社章は世間一般からすれば
目を引くんだろう。
「今日は運転手はいないの?」
「この後会食だからな」
言って、櫂斗は
時計に目を落とした。