蝕む月と甘い蜜
出勤前のサラリーマンやOL、
のんびりしたお年寄りなどが
集うカフェで、
よく響く前原の声に皆が
チラチラと自分達を見ている。
「と、とりあえず
離してくれるかな」
握られた手を見ながら言うと、
前原は、あ!と声を上げて
前のめりだった身体を引いた。
耳まで赤くなる前原を見て、
乃愛は苦笑いする。
「一先ず概要だけ聞きます。
返事はそれからでも
いいかしら?」
サイドに垂れる長い髪を
乃愛はさっと耳にかけた。
「…社長さんだったのね」
パンフレットを見ながら
呟いた乃愛にハンカチで額を
押さえながら前原が、
いい男ですよね、と笑った。