蝕む月と甘い蜜
長く丁寧な時間をかけて
被写体と向き合うという事は、
それだけ被写体に
心を移すという事で。
仕事だから無難に
こなせばいいという思いも
一瞬過ぎったが、
それはプロとしての
プライドが邪魔をした。
人物を撮らないというのは
自分の中の暗黙の了解で、
家を出たあの日から撮ろうと
思った事はない。
軽く溜め息を吐いて
乃愛はカメラを構えた。
ファインダーを覗くと
心が引き締まる。
建物の周りをグルリと
人工的な池が囲み
サラサラ流れる水音が
響いていた。
その水にライトアップ用の
オレンジ色の光が反射し、
建物にゆらゆらと不規則な
水模様が映っている。
それはとても幻想的で、
自然ばかりを撮ってきた
乃愛には新鮮なものに感じた。