蝕む月と甘い蜜
社長室の扉を開けると、
約束したはずの父親ではなく
母親が部屋の中にいた。
怪訝そうな顔をした櫂斗に
彼の母、東條楓(カエデ)は
苦笑いする。
「もう、そんな嫌そうな顔
しないで」
眉を下げた楓に、
何の用ですか、と
冷たい言葉を放った。
そして楓が手に持っている
台紙を見て溜め息を吐いた。
「またですか、見合い相手は
誰でもいいと言ってるでしょう」
「また、そんな…、自分の妻に
なる人を誰でもいいなんて…」
「所詮、形だけのものだ」
スーツを脱ぎ、机と向き合って
楓を見上げる。
まだ何か用かとでも
言いたげな櫂斗に、母は今度は
何も言わずに部屋を後にした。