軌跡
 玄関まで送ってくれた祖母は、睦也の手を取ると、そっと手のひらを握った。ティッシュに包まれたそれが、お札であることはすぐに分かった。
「おれももう大人だし、受け取れないよ」
 付きだした右手を、祖母は両手で包み、首を左右に振った。
「これが最後だから、取っときな」
 その笑顔は優しく、それでいてそれ以上の拒否を許さない、そんな強さを含んでいた。もう一度、最後だから、と念を押され、睦也はポケットの中にそっと手を入れた。
「死ぬ前に睦也の彼女を見れてよかったよ」
「まったく、縁起でもないこと言うなよ」
 そう茶化しても、祖母の瞳は真剣だった。顔は、笑っていたのに……。
「今日は二人が来てくれて本当に楽しかったよ。睦也、優さんを大切にするんだよ。こんなベッピンさんが、お前を好いてくれることなんて、二度とないんだからね」
 分かってるよ、睦也は下を向きながら答えた。祖母には、全てを見透かされているような気がしたのだ。
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