軌跡
「……ビクターエンターテイメントの、ヒロポンさん、でしょうか?」
 手にしたグラスを傾けるついでに、自称オッサンは、大きく頷いた。
 その瞬間、三人の顔色が変った。年齢不詳のオッサンが、大手レコードメーカーの人物へと変貌したのだ。目の前でカボチャが馬車に変わろうと、ネズミが馬に変わろうとも、この瞬間より驚くことはない。そう断言出来る。
「どういうことだ」
 最初に正気に戻ったのは賢介だった。だがその目は睦也にではなく、どこか虚空に向けられていた。
「去年、デモテープ送っただろ。その中の一つを、ビクターのヒロポンさん宛てに送ったんだ」
 通常のレコード会社ならば、新人開発部や、オーディション係り、などに送るが、ビクターだけは○○部の○○宛と、送り先の人物まで指定することが出来た。そして睦也は、数いる人物の中で、ヒロポンを気に入り送ったのだ。
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