軌跡
「君がデモを送ってくれたアツヤ君、だね? 立ち話もなんだし、場所を移そうか。ここで待ってるから、準備をしてきてくれないか」
 そう言いながら、一枚の名刺を差し出された。そこには、〈㈱ビクターエンターテイメント 新人開発部 広澤 信司〉と印刷されていた。ヒロポンというのは、あだ名か何かだろう。
 はい、口ではそう答えても、体が動かなかった。それは睦也だけではなかった。
「待たせると、悪いよ」
 斜め前に立っていた優は、振り返ると、笑顔で睦也を促した。だがその笑顔とは対照的に、瞳には何の力も宿っていなかった。一切の光を遮断した、深海の底で生きる生物のような瞳。優は今、そんな世界で生きているのだろうか? その視線は、鋭利な刃物となり、睦也の胸に深く突き刺さった。その光を奪ったのは、睦也自身なのだ。
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