軌跡
「具体的に足りないとこ、というのは何でしょうか?」
「気になるよね、え~っと……」
「ボーカルの、賢介です」
「そうそうケンスケ君。先ずは集客力。毎回百は集められるようにならないと、厳しいよね」
 今が五十前後だ、倍は必要ということか……。
「これがバブルの最盛期だったら、明日にでも契約、となったかもしれない。でも、長い不況の時代だからね。どうしても利益有りきになっちゃう訳。僕たちも生活が掛かってるからね」
 そう言ってヒロポンは溜息を吐いた。どんどんCDが売れなくなっている時代だ、プロもアマも、厳しいことに変わりはないのだ。
「次に演奏力。先ずはボーカルの……、ケンスケ君。ボイトレはしてる?」
 賢介は罰の悪そうな表情で、首を横に振った。
「やっぱね。透き通ったいい声をしてるけど、まだまだそれを活かし切れてない。簡単に言うと、基本がなってないの。ボーカルはバンドの顔だから、その自覚も持たないとね。やる気さえあれば、僕がいい先生を紹介するよ」
 表情を輝かせた賢介が、今度は大きく首を縦に振った。
< 117 / 311 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop