軌跡
 いつもどおりの朝、寝不足のせいか体は重い。だが神経は、名刀のように研ぎ澄まされていた。もしかしたら、ランナーズハイとはこういうことなのかもしれない。こんな風にして迎える朝は、今日が最後になるかもしれない。明日からは全てが輝いた世界に変わるかもしれない。そんな期待と共に戦場に向かった。
 ライブハウスに着いたのは、集合時間の十五分前だった。既に賢介と秀樹の顔があり、その五分後には太輝もやってきた。さすがの太輝も、今日は遅刻という訳にはいかない。
 弦を新しく張り替え、入念なリハーサルを終えると、四人は灰色に染まった控室の中、無限とも思える時間を過ごした。絶えず誰かしらの口からは煙が吐き出され、苛立ちを隠せない貧乏揺すりの音が響く。だが口数は少ない。隅に置かれた自動販売機の中で輝く缶ビールを飲んだら、いくらかはこの緊張も解けるのではないだろうか? だが、そんなことが許されるはずもない。
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