軌跡
「……お父さんが、お父さんがね」
 肝臓でも悪くして死んだか? まぁ、自業自得ってやつだ。
そう思っても、何の感傷も湧かなかった。一度しか会ったことのない親戚の不幸を聞いた方が、もう少しショックだっただろう。
「仕事中に、右手を機械に挟んで……」
 なんだ、死んでないのか。
「肘から下を、切断するかもしれないの」
 途切れ途切れのその声は、涙声に変わっていった。
「だから何だって言うんだよ」
 一切の感情もこもっていないその声に、睦也自身、ゾクリとした。
「お父さんがこんなときにそんな言い方はないでしょ!」
 ヒステリックな叫びが、睦也の神経を逆なでした。
「縁を切ったのはそっちだろ。事故にあって右手を切断するかもしれない? だからなんだって言うんだよ。おれには関係ねぇっ!」
 勢いよく電話を切り、そのまま電源も切った。そして〈ガン〉、という鈍い音が部屋に響いた。
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