軌跡
「なんであんな奴にメアドを教えたりしたんだよ」
 電話に出た賢介に対し、開口一番そう吐き捨てた。
「……悪いと思ったけど、うちのお袋から事情を聞いて」
 賢介は悪くない。分かっていても、怒りの矛先は全てを切り刻もうとしていた。
「一度、お見舞いだけでも行ったらどうだ? それで今の状況を説明すれば、きっと分かってくれはずだよ」
「ふざけんな。こっちは顔も見たくないんだ。それに話したって、バカにされるだけだ。デビュー出来たって売れはしない、出来るかも分からないだろ、ってな」
「睦也……、お袋がおばさんにデビューのことを話したら、喜んでたって言ってたぞ」
 その言葉は、なぜか心を揺らした。隙間なく固めたはずの、鎧の繋ぎ目に滑り込み。
「おばさんとしては微妙な心境だと思うけど、お前が思ってる程、溝は深くないんじゃないか?」
「あいつらがどんな人間か知らねえから、そんなことを言えるんだよ。お前のお袋さんの前だからそう言っただけで、本音はわかりゃしねぇ。また連絡があっても、もう首を突っ込むのは止めてくれ」
 そう言い捨て、睦也は電話を切った。
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