軌跡
 おれは父親の父親、つまりはおじいちゃんにあたる人物を知らない。写真では見たことはあるが、その腕に抱かれたこともない。
 その人物は、奴が幼い頃に癌で亡くなった。奴は母親、つまりおれのお婆ちゃんに育てられた。長男の奴に加え、妹が二人、その生活は貧しく、十分な愛情を注がれることもなかった。それがゆえに、奴は卑屈な性格のまま育ってしまった。そう考えると、奴もまた孤独で、悲しい人なのかもしれない。
 そのお婆ちゃんのことは、はっきり覚えている。生まれたときから一緒に暮らしていたのだ。厳しくも心優しいお婆ちゃんだった。だがそのお婆ちゃんも、おれが小学校に上がった頃に、癌で亡くなった。弱り切った奴の姿を見たのは、それが一度目だ。
 泣きながら親戚中に不幸を知らせる姿を、今でも思い出せる。幼心にも、可哀そうだと思った。お婆ちゃんが死んだことよりも、そんな姿を見る方が辛かったのかもしれない。
 もし奴の厳しさが、不器用な愛情表現だったとしたら。父親からの愛情を受けずに育ったため、自分が父親になっても、愛情表現の方法が分からなかったとしたら……。貧しい幼少を過ごした自分の経験を踏まえ、自分の息子には、更には孫には、そんな苦労を味あわせまいと、不器用ながら、断固としておれの夢を否定していたのかもしれない。
< 191 / 311 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop