軌跡
 奈々は暫くの間、一人で喋り続けた。大学の友達や、サークルでの出来事を面白可笑しく話している。睦也はビールのジョッキと箸を交互に持ちかえ、その話を左から右に流していた。
 元気づけようとしているのは分かる。だがその思いを、正面から受け止めることは出来なかった。
 ひとしきり話終えた奈々は、一瞬の間を置いて、続けた。
「睦也さん、何かあったんですか? 私でよければ、聞かせてもらえませんか?」
 奈々の頬は赤く染まり始めていた。そういう睦也も回り始めていた。奈々の無駄話は、酔いが回るまでの時間稼ぎだったのだ。睦也はそれが策だと分かりながらも、口を開いていた。それは酔いのせいだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。
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