軌跡
 その日、睦也はほのかな期待を胸にスタジオへと向かった。久しぶりに大音量で演奏すれば、気分が晴れるのではないかと期待したのだ。
 だが、結果は散々だった。特に大きなミスを連発した訳ではない。それでも、体がリズムに乗りきれず、一人だけ別世界にいるようだった。きっと他の三人もそれには気付いていたはずだ。だが、誰もそのことには触れなかった。睦也が肉親で唯一慕っていた存在を失ったことを、気にかけてくれていたのだ。その優しさが、睦也を苦しめた。
 こいつらにだけは、気を使わせたくなかった……。
 これ以上の心配をかけさせないよう、睦也はいつもどおりに振舞った。自分自身を、さらなる闇へと追い込むと、知っていながら。
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