安藤が西本に駆け寄る。
「何しやがる!」
血走った目で殴り返そうと襲いかかってくる。殴り合いなんて貴尋とつるんでいた時以来だ。
「止めろ!」
西本が一声叫ぶと、泣き出した。
安藤は意を決したように貴尋を押さえにかかった。
まだ高校生になったばかりだが、大柄で運動部の安藤は力が強い。
「離せよガキ! てめえの弟殴って何が悪いんだ! クソ親が金渡さなくなって困ったから兄弟に助けて貰おうとしただけじゃねぇか」
さすがの西本の両親もとうとう勘当したらしい。それで弟から金を取ろうとしていたなんて怒りを通り越してあきれる。
これ以上暴れると安藤にまで危害が及びそうだと思い、貴尋のみぞおちを殴った。
「貴尋……! 貴尋!」
唾液を吐き出してその場にうずくまる貴尋に、西本はかすれた声で兄の名を呼びながら近寄った。
驚いた。こんなに酷くされても、西本は貴尋を憎めないのだろうか。兄弟とはそういうものなのだろうか。
「先生の馬鹿! 何も殴らなくたっていいじゃないか!」
俺を見上げた赤い眼には薄い水の膜が揺れて、次から次へと滴になって落ちている。
「いい加減にしろ!」
安藤は目が腫れていない方の西本の頬を平手で打った。乾いた音が部屋に響く。
その音に見開かれた貴尋の目には、ギラギラとした光が宿っていた。
「俺の弟になにしやがるんだ!!」
気が狂ったかのような怒鳴り声と共に、素早く起き上がった貴尋はポケットから何かを取り出した。
それが何かと気付く暇もなく、安藤に襲いかかった。
「ぐぅ……っ!」
腹の底から絞り出したような、安藤の声にならない悲鳴。グレーのブレザーがみるみる赤黒く染まる。
西本は自分の手を噛んでいる。指から血が滴って、やっと口から手を離した。
その震える唇からはもう悲鳴しか出てこないのだと悟った。
この世の終わりを嘆くような悲痛な叫びをあげる弟に、貴尋は見向きもせず血に汚れた手のままふらふらと出ていった。
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