感染列島
揺れ動く、列島




ただ、僕は怖かった。



こうして世界が目に見えぬ恐怖に支配されていることが。マスメディアから流れる生と死の隣り合わせの現実。あまりに脆く崩れ去った日常。


本当なら、今日は淳子の誕生日、一緒に表参道に出かけるはずだった。


昼は彼女の行きつけの店で一緒にパスタを食べて、その後でバースデープレゼントを一緒に選んで、夜は、少し高めのフランス料理のフルコースを一緒に食べる、そんな幸せな日になるはずだった。





            







列島にウイルスという恐怖が降りかかってきたのは1週間前の事だ。


強毒性、そして強い感染力を示す新型のウイルス、A-depは人間の体に取り込まれると40度を越える熱、肺炎のような激しい咳、また強烈な関節痛を引き起こす。更に感染者の致死率は60%を越えるという。既にヨーロッパでは300万人を越える死者を出しているらしい。


当然、日本政府も目に見えぬ恐怖から列島を守るために、空港の完全封鎖を決めるなど最善を尽くしてはいたが、感染の魔の手から逃れることは既に不可能であった。


今や小、中、高、大学とも全面休校、企業も最低限生活に必要な部類の業種を除いては、休業を余儀なくされている。


そして大部分の国民は、食料を大量に買い込み、自宅に閉じ籠り、ただ様子を伺うしかなかった。


今や僕と世間とを結びつけるのは、手元にある携帯電話とテレビだけ。


1週間前に外出禁止令(食糧の買い込みや病院の検診など、必要最低限の外出以外はこれにより禁止となった)が出されてから、僕の携帯電話にもひっきりなしにメールが来る。やはり僕も含め、殆どの人が、コミュニケーションが制限される今の状況にストレスを感じているみたいだ。


そして大抵のメールの内容は、現実を忘れようとするかのようなくだらないものか、刻一刻と状況が変わるマスメディアの新型ウイルスに関する報道にリアクションを示したものだった。


メール相手が使う絵文字や顔文字。明るいトーンと蛍光色で、不安と動揺を紛らわそうとしているのだろう。

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