あなた
「和樹さんは、一言で言うと、優しさのかたまりです。

私は、久しぶりに外出できた事が嬉しくて、調子に乗り過ぎていました。
自分の許容量を超えた、買い物をしてしまいました。
持っていた荷物を下に置いて、苦しがっていた時、和樹さんが、声をかけてきました。
『人質として、携帯を預ける代わりに、荷物を持たせて下さい。』と言って。
私は、本当に苦しかったけれど、自然と笑顔になれた。
その時の和樹さんの顔、お母さんにも、見せてあげたかったよ。
私って、かなりの美人でしょ。」

「はい。あなたは、私に似て、ものすごい美人です。」

「私が、美人だった事に、びっくりしていた。
和樹さんは、分かり易い人だった。
でも、私が、美人だから声をかけてきたんじゃない事が、分かった。
和樹さんの言葉の一つ一つに、私に対する心遣いが、感じられた。
『お住まいは、近くですか?』ではなく、『お住まいは、すぐ近くなんですか?』だった。
『家まで、荷物、持たせて下さい。』ではなく、『家の近くまで、荷物、持たせて下さい。お願いします。』だった。
『家の近くまで』という言葉で、和樹さんが、『女性は、知らない男に、家の場所を知られたくないだろう。』と考えている事が、分かった。
私は、きちんと、お礼を言いたかった。
でも、私の家の近くに来た事を知ると、荷物を置いて、逃げて行っちゃたんだ。
携帯、私に預けてる事なんか、すっかり、忘れてるんだ。
もう、大爆笑だよ。
ここで待ってれば、戻って来るんだろうけど、体調の悪い私を待たせた事を、気にする人だと思ったから、家に帰って、電話が、かかって来るのを、待つ事にした。
それに、これで終わりにしたくなかった。
< 19 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop