散らないサクラ
喉元を絞めていた手を離し、番犬が酸素を取り込もうと息を吸う。
酷く荒れた息は、数秒間大きな呼吸を繰り返し、そして、番犬の目が俺を見る。
鋭く光る瞳。
こんな状態になってまでも、俺を落としたいと言う狂気の瞳。
そしてその中に揺れる小さな恐怖。
てめえが、何をそんなに怖がってんのか知らねえ。
だが、ここまで追い詰められて俺にそんな目を向けてくるやつなんて、そうはいねえ。
はっ、やっぱてめえは“番犬”だよ。
睨んでくる瞳を無表情で見つめ返し、そして最後の渾身の一発を喰らわそうと腕を振りあげる。
それでも番犬の表情は変わらない。
最高だな、てめえ。
高く高く振りあげた腕をスピードをつけて番犬の頬に投げつけようとした時、
「秋羽、ストップ」
なじみのある声が聞こえた。
「秋、もう十分だから。手、下ろして」
佐倉の声。
俺は無意識にその手を緩め、ゆっくりと横に落とした。
「あーあ、女の子の髪の毛こんなにしちゃって。女の髪は命って言葉を最近の男は知らないのかね」
胸元まである髪の毛は、右だけ肩ぐらいにまで短くなっている。
それはもちろん番犬が切ったからだ。
それを考え、心臓が唸りをあげたが、佐倉の声がそれを踏み留ませる。
佐倉はどうやって解いたのか、巻かれていた縄は綺麗に解かれ、椅子から立ち上がっていた。
そして自分の両側の髪の毛を見て、触り、小さくため息をつく。
「明日美容院だね、こりゃ」
「……佐倉」
大丈夫なのか、と問いたかった。
駆け寄って抱き締めたかった。
だけど、俺の体は鉛みたいに重たくて動けない。