散らないサクラ
また俺は無意識に、両手を伸ばし、佐倉の両頬に手を添えていた。
べったりと佐倉の頬に血液が付く。
だけど、佐倉はそれを拒絶しない。
それどころか、優しい笑みを称えたまま、俺の髪を梳く。
「……あたしが消えると思った?」
「…………」
「馬鹿だね。まあ、さすがに髪の毛切られた時は気絶したふりを解こうかとも思ったけど。それだと、この子が不完全燃焼で終わっちゃうと思ってね」
ぴくり、と俺の目の前で血だらけで横たわっている番犬が動く。
それと同時に、佐倉の言葉に俺の体も強張る。
……ふりをしていた?
「お前……、まさか、わざと?」
心底驚いた顔で佐倉を見ると、佐倉は困ったように笑った。
「秋、悪いと思ってる。ごめんね? でも、ここで秋が終わらせてやらなくちゃ、いつまで経ってもこの子は苦しむ事になってた。あんたしか終わらせられない、だから、一役買わせてもらった。…………ごめんって」
この糞女! と怒鳴って、殴ってやりたいところだが、体が言う事を利かない。
ただ佐倉の頬に当てた手の力が弱まって行くのを感じ、俺は体全体が震えているのだと確信した。
怒りでも、恐怖でもなく。
俺は安堵していた。
佐倉が今ここにいて笑っているこの状況に安堵していたんだ。
「馬鹿野郎が」
その声さえ震えていて。
「…………二度とんな真似すんじゃねえ」
頼むから、と懇願するような声だったと佐倉が後から言っていたが、それに近かったかもしれない。