散らないサクラ
気を使うならもう少し気の利いた使い方をしろよ。
嫌でも重たいため息が出る。
俺はリョウの背中に悪態をつける暇なく隣の弥生の相手をする羽目になる。
「弥生、水飲め。お前飲み過ぎだろうが」
「はい? はいはい? 聞こえませーん」
ビキッ、とこめかみが動く。
この糞アマ……、本当に憶えてろよ。
「おら、貸せ。吐くまで飲む気か? 面倒みる俺の身にもなれ」
俺は苦笑いしながら弥生から一升瓶を取り上げ、取れないように遠くに置く。
ぴくり、と弥生の肩が揺れたのを俺が気付くわけがなく、暴れられた時ようにと身構える。
暴れられると思ったが、そうでもなく、一升瓶を取られた弥生はおとなしくそれに従い、差し出したペットボトルの水を飲み始めた。
調子が狂うその行動に、俺はドギマギしながらも行動を追う。
「……弥生?」
ペットボトルの水を全部飲み干し、口の端から溢れた雫を手の甲で拭う弥生を呼ぶ。
なんだ、様子が可笑しい。
どどどどど、心臓が早鐘を打った。
あの目、だ。
現実を見ているのにも関わらず、その瞳には何も映していない。
光を宿すはずのそこには、なにも、そう闇すらも残していない。
その瞳に俺は恐怖を駆り立てられる。
「弥生」
今度は強めに名前を読んでみる。
ただ一点を見つめ、そこから動く気配のない瞳はただ無情に俺を拒絶しているかのようだ。
ぐっと歯を強く噛み、痛みに耐える。