散らないサクラ


そして次の瞬間、



――――ぽたり。



弥生の瞳から流れ出た涙が頬を伝い、絨毯に落ちる。



なんだ、これは。



俺は世界が止まったかのように、いや、ともすればスローモーションに流れるかのように感じた。

いつもはする冷蔵庫の音や、時計の刻む音が一切聞こえこねえ。

そこにあるのは無表情のまま涙をこぼす、愛しい女の姿。



キャパシティを超える。



俺の脳内細胞は今にも爆発しそうなくらい騒いでいるのに、実際の俺は何もできずただその涙の跡を追っているだけ。

なぁ、弥生、なんで泣いてる?



ぽたり、絨毯に涙が跡を残す。



「……嘘つき。……うそつき」



薄く開いた桃色の唇が、まるで呪文のように繰り返す。



「や、よい」

「一緒にいるって約束したのに、子供作ろうって約束したのに、幸せにするって約束したのにィ!!!」



涙の意味を、俺は知る。

悲痛な叫びは痛々しい余韻を残し、そして全てを訴える。



……愛すべき、あの男への想いを。



さっきまで無表情だった顔は、苦しみを現したかのように歪み、涙は絶えず頬を伝って落ちる。

苦痛に満ちた嗚咽は何度も、何度も口から飛び出しては俺の周りの空気を凍らせていく。



「……っは……っ」



息が、詰まる。

思考が、止まる。




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