散らないサクラ
「……ンだよ」
「や、あの、……はっ、秋がンな事言うなんて……。なんか、さぶっ!」
「あァ? 殺すぞ、ボケ」
「あ、うん、そっちのが秋っぽい」
ケラケラと笑い出した番犬に釣られ、歩も声を出して笑う。
屑野郎共、俺の誠意をなんだと思ってんだ。
確実に昔の行いの所為で俺からの感謝や労わりの言葉は気持ち悪く聞こえるらしい。
それに若干、いや大きく苛立ちを覚えたが、今回は我慢する事にする。
未だケラケラと笑っている野郎共に目をやると、こんな日常も有りかもしれねえなんて酔狂な思いすら浮かんでくる。
戦った仲間、戦った相手だからこそ、言葉じゃない何かがある気がする。
気持ち悪い考えだとは思うが、素直にそれもいいんじゃないかと思う辺り、俺も少しは大人になった証拠だ(と思う事にする)。
「笑いすぎだ、ボケ」
「あは、ははっ。……はぁ、獅子の意外な一面も見れたし、俺は帰ろうかなぁ」
「寄ってかないのか?」
歩の問いに番犬が首を傾げる。
「場違いでしょ? リオンの連中も来てるって聞いてるし、さすがに問題起こすのも悪いかなぁって」
「あ、そか。……なんか悪いな」
「いいよぉ、今は休戦って言ってもそのうち敵になるんだから、さ」
ニタリ、といつものようにニヒルに笑って見せた顔に小さな陰りが指す。
まるで少し前の自分を見ているような感覚に襲われ、咄嗟に口が開く。
「俺からリオンの連中に言っておく。……祭りン時ぐらい、忘れろ」
言葉を吐いてから、自己嫌悪に陥ったが、今更飲み込めるわけもない。
俺の言葉を聞いて垂れた瞳を開かせた番犬を見る。
思ってもみなかった事だったんだろう、いや、俺自体が思ってもみなかった事だが。
数回瞬きを繰り返し、言葉の意味を理解した番犬が口を開く。
「……それって、祭り回って来いって事でいいの?」
「つかリオンの総長、俺なんだけどな」
「っせ、じゃあてめえからの命令って事にしとけ。……俺の高校最後の文化祭だ、楽しんでけよ」
その声に、番犬が笑う。
屈託のない、正直言えば気持ち悪い笑みで。
だけどその顔が心臓の真ん中にすとん、と障害なく落ちてきて、不思議と嫌な気持ちにならなかった。