散らないサクラ
「ねえ、獅子」
俺の一歩前にいる番犬が振り向かずに言う。
「俺、今なら獅子が女の為にチームを解散させたワケ、ちょっと分かる気がする」
「……そうか」
「あはっ、なんか気持ち悪いけどね」
そう言葉にしてはいるが、声色から本当にそう思ってるとは感じられない。
繰り返す日常の中で、番犬には番犬の時間があり、その中で少しずつ変化を得られていると言うなら、それはでかい進歩だと思う。
それがどんな理由であろうと、どんなきっかけであろうと。
自分を変えてくれる何かの存在は大事にすべきもんだ、それが番犬にも分かったのだとしたら。
……“胸糞悪い下衆で屑な番犬”、ではなく“知り合い”ぐらいに昇格させてみてもいい。
「足掻け。……つか、てめえは少し足掻いたほうがいい」
「説教? 有難いねぇ、まるで“仏”のよう」
「っせ」
悪態を着きながら番犬の隣に並ぶ。
「獅子はチームを抜けてるし、俺も番犬って呼ばれるのやだからさ、どう? これを期に名前で呼んでみるってのは?」
「はっ、御免だな」
「だよねぇ、俺も思った」
じゃあ、何で提案したンだよ、と問いたくなる質問を残し番犬が走り出す。
駆け出す背中に“仲間”としての頼もしい色を見出し、妙に笑えた。
まさか、憎んでた人間と共同戦線を張ることになるとは、な。
人生何が起こるか分からねえもんだ。
深く深呼吸する。
周りには叫び合う音、パイプの金属音。
懐かしい匂いと、叫び出す本能。
抗うことはない、存分に暴れまくってやる。
緩く一歩前に出した足をきっかけに一気に駆け出す。
――――これが俺の最後の舞台だ。